仙台高等裁判所 平成3年(ネ)37号 判決 1992年4月17日
主文
一 承継人ら及び一審被告乙山の本件控訴に基づき、原判決中右承継人ら及び一審被告乙山に関する部分を次のとおり変更する。
1 一審原告に対し、いずれも連帯して、承継人花子と一審被告乙山は金七〇万円、承継人戊田と一審被告乙山は金三五万円、承継人一郎と一審被告乙山は金三五万円及び右各金員に対する昭和六二年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 一審原告の承継人ら及び一審被告乙山に対するその余の請求を棄却する。
二 一審原告の本件控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、一、二審を通じ、一審原告と承継人ら及び一審被告乙山の間においては、右一審被告らに生じた費用と一審原告に生じた費用の二分の一を合算し、これを三分してその二を一審原告その余を右一審被告らの各負担とし、一審原告と一審被告丙川、同丁原との間においては、全部一審原告の負担とする。
四 この判決は一審原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
理由
【事 実】
第一 当事者の申立て
一 一審原告
(第三六号事件について)
1 原判決を次のとおり変更する。
2 一審原告に対し、いずれも連帯して、承継人花子と一審被告乙山は金一六七万〇一四二円、承継人春子と一審被告乙山は金八三万五〇七一円、承継人一郎と一審被告乙山は金八三万五〇七一円及び右各金員に対する昭和六二年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。(訴訟承継前の第三六号事件被控訴人、第三七号事件控訴人甲野太郎(以下「亡甲野」という)の死亡により請求の趣旨を訂正)
3 一審被告丙川と同丁原は、連帯して一審原告に対し、金一一〇六万〇五〇五円及びこれに対する昭和六二年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は第一、二審とも承継人ら及び一審被告らの負担とする。
5 この判決は仮に執行することができる。
(第三七号事件について)
1 承継人ら及び一審被告乙山の本件控訴を棄却する。
2 右控訴費用は承継人ら及び一審被告乙山の各負担とする。
二 承継人ら及び一審被告乙山
(第三六号事件について)
1 主文第二項同旨
2 右控訴費用は一審原告の負担とする。
(第三七号事件について)
1 原判決中承継人ら及び一審被告乙山の敗訴部分を取り消す。
2 一審原告の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。
三 一審被告丙川、同丁原
(第三六号事件について)
1 主文第二項同旨
2 右控訴費用は一審原告の負担とする。
第二 当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 一審原告の主張と認否
1 亡甲野は、本訴係属中の平成三年一〇月二六日死亡し、同人の妻である承継人花子が二分の一、その子である承継人春子及び同一郎が各四分の一の相続分により亡甲野の本件連帯保証債務を承継した。
2 一審被告らの主張は争う。
二 承継人ら及び一審被告乙山の主張と認否
1 一審原告の主張は認める。
2 身元保証契約は必ずしも雇用契約関係を前提とするものではなく、本人と権利者との間に使用従属関係がある場合には、身元保証契約の成立が肯定されるべきものである。
しかるところ、一審原告と五郎の間の契約関係は、身元保証書が作成されていた従前の鳴瀬町と五郎の間の検針委託契約が引き継がれたものであるし、五郎が一審原告から委託された業務の実態からすれば、両者の間には、検針、集金業務に関し、使用従属関係が存在するとみるのが相当である。
3 亡甲野は、遅くも昭和六〇年六月末ころまでに、一審原告の鳴瀬営業所長熱海和郎に対し、一審原告との連帯保証契約を解除する旨の意思表示をし、右熱海はこれを了承した。すなわち、同人は、当時の鳴瀬営業所の実質上の責任者であつたところ、亡甲野の右解除申入れに対しそれを了解した形の返答をしているのであり、右申入れに対して、契約期間中は解約できないなどという説明を一切行つていない。したがつて、亡甲野について、合意解除の成立が認められるべきである。
また一審被告乙山も、昭和六〇年六月末ころまでに、亡甲野と同様解除の申入れを行つている。
4 一審原告が五郎に対する指導監督責任を尽したというためには、一審原告が集金業務について定めているマニュアルどおり未納者の点検を行うことも当然含まれているというべきところ、右マニュアルでは一ないし三か月程度の間に未納者の点検を行つたうえ、未納者に督促状を出すということになつていたのであるから、五郎の集金分についても、鳴瀬営業所において右マニュアルを遵守し、遅くも最初に未納のあつた昭和五九年四月分の納入期限より三か月を経た段階で督促状を出していれば、その時点で五郎の横領を発見し、以降の被害の拡大を防止できたはずである。昭和五九年度中の横領額が二八五〇円と少ないが、未収金の発生は、金額の大小にかかわらず、一審原告がマニュアル通りに行えば把握できる事柄であるし、仮にマニュアルどおり行つても把握できないのであればシステム自体に問題が存するというべきである。
三 一審被告丁原の主張
一審被告丁原は、五郎から水道料金収納事務委託契約の連帯保証を依頼された際、駄目とも言えず「まあいいさ」と答えたが、その際その契約内容について一切説明を受けなかつた。右連帯保証契約は、身元保証的性質を具有した損害担保契約類似の極めて特殊な契約であつて、その責任の広汎性、不可予見性、無償性という性格に鑑みると、右事実だけから右連帯保証契約の成立を認めることは不当である。
【理 由】
一 請求原因(一)(一審原告は、石巻市、鳴瀬町等の水道事業を共同処理するため地方公営企業法に基づいて設立された企業団である)の事実は当事者間に争いがない。
二1 《証拠略》によれば、請求原因(二)(昭和五六年七月一日付の本件契約並びに亡甲野及び一審被告乙山の本件連帯保証契約の締結等)、同(三)(昭和六〇年四月一日付の本件契約並びに亡甲野及び一審被告乙山の本件連帯保証契約の締結)の事実を認めることができる。
2 ところで、承継人ら及び一審被告乙山は、右連帯保証について、実質は民法上の連帯保証ではなく身元保証に関する法律にいわゆる身元保証であると主張するので検討するに、いわゆる身元保証契約が成立するためには、その債権者と身元本人(主たる債務者)との間に身元保証に関する法律一条にいう使用者、被用者の関係が存在することを必要とするが、同法の立法趣旨等に鑑みると、必ずしも債権者と身元本人との間に雇用または労働契約が成立している場合に限定されるものではなく、身元本人が債権者の指揮監督の下に継続的に有償で労務に服するという継続的な使用従属関係が実質的に存在することが認められるときは、その間に右使用者、被用者の関係が存在するものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、一審原告と五郎との間に雇用契約関係が存在することは認められないけれども、《証拠略》によれば、次のとおり認められる。
(一) 五郎は、本件契約に基づいて、一審原告の鳴瀬営業所に所属し、本件契約や、一審原告の事務規程、右営業所長の指示の下に、その水道料金集金等業務に従事し、委託料金名目で毎月定期に水道料の収納率等に応じた歩合給の支払を受けていたほか、八月、一二月には、特別報酬の支払を受けていた。
(二) 五郎の行つていた業務は、具体的には原判決理由六(一)1(1)ないし(4)(原判決九枚目裏一〇行目から一〇枚目表九行目まで)のとおりであるが、そのうち集金業務については、受託者五郎において水道使用者から集金すると、営業所から交付されている水道料金納入通知書兼領収書を右使用者に交付し、それとひと綴りの水道料金納入通知書の方は切り離して他の使用者から集金した分と取り纒めて営業所の担当者に提出し、集金日報と合わせてその点検を受けることになつており、また集金した現金は、同様に取り纒めて集金した翌日までに一審原告指定の金融機関(五郎の場合は鳴瀬町農協宮戸支所)の一審原告の口座に振り込み、払込書兼領収証に金融機関の領収印の押捺を受けてこれを営業所に提出することとなつていて、営業所では払込書兼領収証と金融機関からの納入済通知書により収納を確認し、各使用者毎に毎月の収納事実を水道料金納入簿に記帳して、いつでも収納状況を確認できる処理体制となつていた。
(三) なお一審原告から集金業務のため交付されていた水道料金納入通知書兼領収書等の書面のうち未納分は、本件契約上、毎月の締切日の翌日に、一審原告に返戻しなければならないこととなつていた。
(四) 右のようにして、一審原告では、各集金人の水道料金収納状況を把握できる事務処理体制となつていたので、収納率が悪い場合には、集金に努めるように注意指導することもあつた。
以上認定の事実に照らすと、一審原告と五郎との間には、継続的な使用従属関係が実質的に存在するものということができるから、前記法律一条の使用者、被用者の関係が存するものと認めるのが相当である。
なお亡甲野と一審被告乙山は、一審原告設立前の鳴瀬町と五郎との水道メーター検診委託契約について、身元保証書を差し入れ五郎の身元保証人となつており、亡甲野と一審被告乙山の供述によると、本契約の際にも、身元保証人の趣旨で五郎の連帯保証人になつたものであることを窺うことができ、これらの事実も、本件連帯保証契約が実質的に身元保証契約であつたことを如実に物語るものということができる。
そうすると、一審原告と亡甲野及び一審被告乙山との間に締結された本件連帯保証契約は、実質的には身元保証に関する法律が適用されるべき身元保証契約であるということができる。
三1 《証拠略》によれば、請求原因(四)1(昭和六一年四月一日付の本件契約)、2(一審被告丙川及び同丁原の本件連帯保証契約の締結)の事実を認めることができる。なお右証拠によると、昭和六一年四月一日付水道料金収納事務委託契約書の連帯保証人欄になされている右一審被告両名の署名押印は、いずれも五郎が自分の子供に署名させ、その名下に自分が用意した右一審被告ら名義の印章を押捺したものであるが、それは、一審被告丙川が五郎の実父であり、一審被告丁原が五郎の実兄であることから、五郎から右一審被告らに電話し同一審被告らから本件契約について連帯保証人として署名押印することの承諾を得た上でなしたものであることが認められる。
一審被告丙川は、五郎から電話で「水道メーターを検診するのに保証人が必要なのでお父さん頼む」と依頼されたが、「水道メーターの検診のことならこっちに頼まないで近くの人にやつて貰え」と言つて保証人となることを拒絶した旨供述しているけれども、五郎は、一審被告丙川が自分の妻の実父であるにもかかわらず、業務上横領被疑事件の被疑者として捜査当局の取り調べを受けた際はもとより、既に刑が確定し服役中であつた時期の本件証人としても、一貫して同一審被告の承諾を得ていた旨供述しているのであり、またこの供述を裏付けるように、昭和六二年三月七日、一審原告と五郎、亡甲野らの話し合いがなされた際、一審被告丙川は、亡甲野に対して、「昭和六一年八月に娘である五郎の妻に五郎の素行が芳しくないので保証人は断るから伝えておけと連絡したはずだから右話し合いには出席しない」と言つて欠席したこと、すなわち同一審被告は同年四月一日に一旦は連帯保証人となることを承諾していたことが窺われる発言をしていたことが認められるのであつて、五郎の右供述は十分信用性があるということができ、一審被告丙川の前記供述はたやすく信用できない。他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
なお一審被告丁原は、連帯保証を依頼された際、その契約内容について一切説明を受けなかつたから、本件連帯保証契約の責任の広汎性、不可予見性等の性格に鑑み、連帯保証契約の成立を認めるべきでないと主張するところ、五郎が同一審被告に対して右連帯保証を依頼する際に、主債務である本件契約の内容も、本件連帯保証契約の内容も具体的に説明した事実は認められないが、前記認定の事実によれば、同一審被告は連帯保証契約の締結を五郎に一任したと認められるのであるから、右契約が同一審被告主張のような性格を有するからといつて、その契約の成立を否定することはできない。
2 一審被告丙川、同丁原の右連帯保証契約についても、前記二2説示のとおり、その実質は身元保証契約と認めるのが相当である。
四 《証拠略》によれば、請求原因(五)(五郎による水道料の集金横領)の事実(但し、五郎は昭和六二年一月末までしか集金していないので、一一〇六万〇五〇五円は、昭和六一年四月一日から同六二年一月末日までに収納した水道料金中の横領額である)を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
五 抗弁(一)(亡甲野の合意解除)について
亡甲野は、抗弁(一)に沿う供述をしている。
しかしながら、証人熱海和郎は、「亡甲野から五郎の連帯保証をやめるという趣旨の電話があつたのは、昭和六一年の契約更新時(昭和六一年四月一日)頃であり、そのため亡甲野の契約更新の際には連帯保証人にならないと言つてきたものと理解し、五郎にその旨伝えると返事した」旨証言しており、この証言は、証人五郎の右更新時に亡甲野と一審被告乙山に保証人になることを断られたので、一審被告丙川、同丁原の両名に保証人になることを頼んだ旨の証言と符合するので、右亡甲野の供述はにわかに信用することができない。他に右抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。なお仮に右の電話がなされたのが亡甲野の供述するとおりであつたとしても、その際のやり取りから見て、未だ解約の合意が成立したとは認めることができない。したがつて、抗弁(一)は採用できない。
なお一審被告乙山も、当審において、昭和六一年六月末頃一審原告に対し解約の申し入れをなした旨主張するけれども、本件全証拠によるも右申し入れの事実を認めることができないし、そもそも解除の申し入れをしただけでは解除の効果は生じないから主張自体失当である。
六 賠償責任の有無及び範囲
1 既に説示のとおり、一審原告と亡甲野、一審被告乙山、同丙川、同丁原(以下合わせて「一審被告ら」という)との連帯保証契約は実質的には身元保証契約であるというべきであるから、身元保証に関する法律五条に基づいてその賠償責任の有無及び範囲を検討することとする。なお一審被告らは、信義則上一審原告は一審被告らに対し賠償請求することは許されないと主張する(抗弁(二)、(三))けれども、右法条によつて賠償責任の有無及び範囲を検討することは、帰するところ信義則により賠償責任の有無及び範囲を決することに他ならないというべきであるから、右主張については、別途判断を示さない。
2 一審原告の鳴瀬営業所における集金業務の管理体制等は前記二2認定のとおりであつて、一審原告は、水道料金納入済通知書や集金日報の点検、水道料金収納簿などによつて各集金人の毎月の水道料金収納状況や水道使用者の水道料金未納状況を把握できるし、受託者である集金人は一審原告から交付された水道料金納入通知書兼領収書等の未納分を、毎月締切日の翌日に返戻しなければならないとの本件契約の定めは、もともと本件の如き集金横領等の不正行為を防止するための約定と考えられるから、一審原告において、毎月の収納状況、したがつて毎月の未納状況を的確に把握し、適宜に集金人から事情を聴取して集金を督励あるいは注意指導し、未納者に督促状を出すなどの措置を講ずるとともに、本件契約に定めるとおり、未納分の集金に必要な交付書面の返戻を厳守させていれば、横領等の不正行為の発生を未然に防止できたばかりでなく、万一不正行為が行われても早期に発見することが可能であつたものということができる(例えば、水道使用者につき、水道料金納入通知書兼領収書が締切日の翌日に返戻されていないのに、収納簿上未納のままとなつていれば、不正を疑うことができる)。
しかるに、五郎による横領被害状況は前記四認定のとおりであつて、より具体的にその横領行為の経緯をみると、右四掲記の証拠によれば、昭和五九年四月から同六月まで毎月一世帯分合計二八五〇円、同年七月から同六〇年七月まではなく、同六〇年八月から同年一〇月まで年月一世帯分合計九五一〇円、同年一一月二世帯分四〇〇〇円、同年一二月六世帯分一一万二九〇〇円、同六一年一月七世帯分五万九三四〇円、同年二月五六世帯分一九〇万八三四〇円、同年三月八三世帯分一二四万三三四五円、同六一年四月一日から同六二年一月末までは毎月で少ない月で三四万円余り、多い月で一五〇万円余り、一七一五世帯分合計一一〇六万〇五〇五円となつており、一審原告は、五郎が昭和六二年二月四日に行方不明となつた後に水道使用者から事情を聞いて初めて五郎の横領を発見したものであることが認められる。
そして、《証拠略》によれば、次のとおり認められる。
(一) 一審原告では、未納者に対する督促手続について、起業団である一審原告設立前の各市町村で行つていた処理方法をそのまま踏襲させることとし、各営業所の自主的判断に任せていたため、他の営業所では一ないし三か月経過後の未納者に対し督促状を出すという処理がなされていたにもかかわらず、鳴瀬営業所では未納者に対し督促状を出したことはなかつた。
(二) それでも、一審原告は、昭和六〇年末頃、五郎の水道料金収納率が他の集金人のそれと比較して著しく劣つていたことから、鳴瀬営業所に対して督促手続等の措置を促したことがあつた。しかるに、同営業所は、五郎に事情を聞いたものの、同人の本業であるそろばん塾の仕事が忙しくて収納に行つていないとの弁解を安易に信用して、水道料金の収納に行つてもいないのに督促状を出すのはおかしいと判断し、それ以外の未納者解消の方策を講ずることもなく、そのまま放置してしまつた。その後前記認定のとおり横領金額が増加し、収納簿上収納率が一層悪化したと思われるのに、同様に何らの措置も講じなかつた。
(三) また鳴瀬営業所では、本件契約の約定のとおり未納分の水道料金納入通知書兼領収書等の交付書面を毎月締切日の翌日まで受託者である集金人に返戻させていなかつた。
以上のとおり認められる。
なお承継人ら及び一審被告乙山は、一審原告のマニュアルでは一ないし三か月程度の間に未納者の点検を行つた上、未納者に督促状を出すということになつていた旨主張するけれども、右主張を認めるに足りる証拠はない。
右事実に照らすと、五郎による前記認定の横領行為を未然に防止することができず、また発見が遅れたのは、一審原告において毎月の収納状況ないし未納状況を適確に把握し、迅速に適宜の措置を講ずるとともに、未納分の水道料金納入通知書兼領収書等の交付書面を定めのとおり返戻させ、集金人に対する指導監督を適切に行うべきであつたのに、それを懈怠したためであるといわざるを得ない。
すなわち、右のような本来なされるべき管理指導監督体制が取られていれば、横領の如き不正行為をなすことは極めて困難であつたと見られるから、五郎による横領行為を未然に防止し得たと推認し得るし、仮にそれを防止できなかつたとしても、前記認定のとおり昭和六〇年一二月頃から五郎が横領した水道使用者世帯数、横領金額が増加し、同六一年二月には五六世帯一九〇万八三四〇円もの集金横領を行つていたのであるから、遅くも昭和六一年三月中には右横領行為を発見し、その後の継続的な多額かつ多数回にわたる横領行為を未然に防止することができたものと推認することができる。
なお一審原告が五郎から事情を聴取していることは前記認定のとおりであるが、その際の同人の本業が忙しくて収納に行つていないとの弁解は、前記四掲記の証拠により認められる水道使用料の検針には毎月行つていることに照らして不自然なことであるし、毎月収納すべき水道料金の収納を遅滞させることは、水道料金の収納を困難ならしめ、水道使用者を困惑させることになるばかりでなく、本件契約の解除原因ともなる重大な契約違反であるから、一審原告としては、五郎の弁解を信用して収納の遅滞を放置すべきではなく、管理指導監督の一内容として、その弁解のとおりかどうかを水道使用者に問い合わせるなどして、未納の原因を究明し、収納の遅滞を早急に解消させる措置を取るべきであつたというべきである。
そうすると、五郎が長期間にわたつて多額の水道料金を横領し、一審原告に多額の損害を与えたのは、一審原告の集金業務についての管理体制、集金人に対する指導監督体制が不適切、不十分で、かつその指導監督を懈怠したためであり、ことに昭和六一年三月中に五郎の横領行為を発見できず、その後の継続的な多額かつ多数回にわたる横領行為を未然に防止することができなかつた点については、一審原告に重大な過失があつたといわざるを得ない。
3(一) 亡甲野は、五郎と母親同士が姉妹関係で五郎と同じ町内であつたことから、五郎が鳴瀬町の水道メーター検針受託者となつた時より同人に依頼され、断り切れずに身元保証人になり、本件連帯保証人となつた。亡甲野は大正一二年生まれで無職であつた。
一審被告乙山は、五郎と血縁関係はなかつたが、五郎一家が樺太から引き揚げてきた際に、同一審被告の叔父が面倒見たり、五郎に漁協の仕事を斡旋したりして知り合いだつた上、鳴瀬町に近接する石巻市に居住していたことから、亡甲野同じく五郎が鳴瀬町の水道メーター検針受託者となつた時より同人に依頼され、断り切れずに身元保証人になり、本件連帯保証人となつた。同一審被告も大正一二年生まれで、昭和五八年六月ころから団体臨時職員として稼働している程度であり、昭和六一年四月一日の本件契約の更新時には稼働していないことを理由に連帯保証人となることを断つている。
右両名は、本件契約書に連帯保証人として署名押印しており、契約の内容については、概ね承知していたものと認められる。
(二) 一審被告丙川は、五郎の妻の実父で、五郎の居住地からかなり遠い宮城県栗原郡一迫町に居住していたが、一審被告丁原と同じく急に五郎から本件連帯保証を依頼され、断り切れずに連帯保証人となつた。同一審被告は大正九年生まれで、農業を営んでいる。
一審被告丁原は、五郎の実兄で、当時塩釜市に居住していたが、朝の出勤前に、急に五郎から本件連帯保証を依頼され、断り切れずに連帯保証人となつた。同一審被告は昭和一〇年生まれで、主に配管工をしている。
一審被告丙川、同丁原、前記三1認定のとおり、いずれも本件契約に署名押印しておらず、その内容についても説明を受けなかつたので、五郎の本件契約上の義務の内容、したがつて集金業務の実情について具体的認識はなく、もとより万一の場合に負担することとなる連帯保証人としての責任の範囲、程度についても認識がなかつた。
(三) なお一審被告らの資産の程度は不明であるが、弁論の全趣旨に照らすと、いずれも裕福とまではいえない生活状態であることが窺われる。
4 前項認定の事実から明らかのように、一審被告らはいずれも五郎の私生活や、勤務全般について、実際に指導監督し得る状況にあつたものではなく、一審原告のみが同人を指導監督し得る立場にあつた。そして、本件全証拠によるも、一審原告が一審被告らと本件契約を締結するに当たつて一審被告らの資産を調査したり、その保証意思を確認した事実は認められず、一審原告は一審被告ら連帯保証人の保証能力にそれほど関心ないし期待を持つていなかつたことが窺われる。
5 以上の諸事情に基づいて、一審被告らの賠償責任の有無及び範囲を考えるに、亡甲野及び一審被告乙山については、その責任を免れないといわざるを得ないが、前記認定の一審原告の指導監督状況、本件連帯保証契約締結の経過等一切の事情を斟酌すれば、同一審被告らの一審原告に対する賠償責任は、その保証期間中に一審原告が被つた損害額三三四万〇二八五円のうち一四〇万円をもつて限度とするのが相当である。
次に、一審被告丙川及び同丁原についてであるが、前記認定のとおり一審原告は、遅くも昭和六一年三月中には五郎による横領被害を発見し、その後の継続的な多額かつ多数回にわたる横領行為を未然に防止することができたにもかかわらず、その指導監督の懈怠等によりその発見が遅れたものであつて、一審原告に過失がなければ、一審原告は五郎との間に本件契約を締結することはなかつたと考えられるし、本件契約締結後の同年四月一日以降、五郎の横領による被害も発生しなかつたものといわなければならないから、そうすれば右一審被告らは、本件連帯保証契約により賠償責任を問われることはなかつたものということができる。一方右一審被告らは、五郎による右横領行為を知る由もなかつたものであり、前記認定の一審被告らと五郎の生活状況に照らすと、知らなかつたことに無理からぬ事情があつたものというべきであるし、そのほか本件連帯保証契約締結の経過等一切の事情を斟酌すれば、同一審被告らは一審原告に対し賠償責任を負わないものとするのが相当である。
七 控訴人主張の亡甲野の死亡と承継人らの相続及びその相続分については、一審原告と承継人らとの間で争いがなく、したがつて、承継人らは亡甲野の前記損害賠償義務をその相続分に応じて相続したものということができる。
八 以上の次第で、一審原告の本訴請求は、承継人らと一審被告乙山に対し、いずれも連帯して、承継人花子と一審被告乙山は七〇万円、承継人春子と一審被告乙山、及び承継人一郎と一審被告乙山はそれぞれ三五万円並びに右各金員に対する弁済期後である昭和六二年四月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当であるといわなければならない。
九 よつて、承継人ら及び一審被告乙山の控訴に基づき、原判決中右と結論を異にする右一審被告らに関する部分を変更し、右説示の限度で一審原告の請求を認容し、その余を棄却することとし、一審原告の本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石川良雄 裁判官 山口 忍 裁判官 佐々木寅男)